漢方に古典が必要なのですか

 このコーナーには漢方の古典の話がときどき出てきます。医学は日進月歩といいますが、古い時代の漢方の資料にはどのような意味があるのでしょうか。
(38歳・男性)
 漢方で古典を重視するのは、漢方が経験に基づく医学だからです。
 皆さんがなじんでいる西洋医学の薬は、科学に基づいて発達しており、まさに日進月歩で新しい薬が開発されています。
 化学的に純粋な有効成分が根拠(エビデンス)に基づいて使われますが、例えば「Aという成分にはBという作用があるからCという効果を現す」というように、分かりやすいものです。
 この考え方が漢方薬にも通用すると思っている人は多いでしょう。ところが漢方薬に使われる生薬(しょうやく)には多くの成分が含まれています。生薬の主な成分の作用は分かっていても、一つの生薬全体の働きさえ化学で説明することはできません。まして複数の生薬を組み合わせた漢方薬の作用は複雑で、化学的に理解できる水準からはほど遠いのです。
 漢方薬の効果の不思議を示す分かりやすい一例が、桂枝湯(けいしとう)と桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)の違いです。どちらも桂枝(けいし)、芍薬(しゃくやく)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)という生薬で組み立てられた漢方薬ですが、この2つの違いは、芍薬の量が少し違うだけ。含まれる生薬の種類が同じということは、同じ成分が含まれており、作用も同じはずです。ところが2つの漢方薬の効果は全く異なります。分かりやすくいえば、桂枝湯は発汗解熱剤、桂枝加芍薬湯は整腸剤になるのです。
 では、化学的に解明されていない漢方薬の効果を上手に引き出すためにはどうすればよいのでしょう。私は、先人の経験を参考にすることが最も効率的だと考えています。
 漢方は、基礎になった古い時代の中国医学から2000年以上にわたる長い時代の経験に基づいて、効果の出やすい漢方薬とその使い方が継承されてきた経験医学。 明治時代の初期までは日本の医療の中心であり、昔からの経験に基づいた効果的な使い方が継
承されていました。
 しかし、明治時代から不当に軽んじられる時代が続き、やっと30~40年前から再び漢方が見直された経緯があります。
 この間に、師から弟子へと受け継がれる知識と経験の大半が失われました。ただし古典には、知識とともに、名医が門下に教えた内容なども多く残されています。
 「古典はいつも新しい」―。これは私の師、柴田良治先生の言葉です。私たちが、失われた漢方本来の知識と経験を少しでも多く取り戻し、漢方薬のよりよい効果を求めるために活用することができる唯一の手段が、古典から学ぶことなのです。