柴田良治先生について

 寿元堂薬局が本来の漢方を継承することができたのは、柴田良治先生に学ぶことができたからです。
 柴田先生は、日本の伝統医学である漢方を継承する数少ない医師の一人でした。先生は惜しくも平成5年に亡くなられましたが、その教えは将来にわたって貴重なものです。
 寿元堂薬局は数少ない正統派の漢方専門薬局として、これからも柴田先生の教えを受け継いでいきたいと考えています。

柴田良治先生 黙堂は先生の号
柴田先生

古典はいつも新しい

 柴田先生は昭和23年頃、京都大学の医局に勤務の時に漢方に興味をもたれました。
 細野史郎先生に入門して漢方を修められましたが、細野先生は漢方最期の名医とまでいわれた明治の巨頭、浅田宗伯先生の流れを汲む大家でありました。
 その後、日本東洋医学会の設立にも参加し、後に同理事、評議員等として活躍されました。
 昭和44年には、森田幸門先生の医院を継がれましたが、森田先生も細野先生同様に浅田流の大家でした。
 そうして、柴田先生の漢方は細野先生と森田先生の両大家の流儀を取り入れたものとなり、柴田流ともいえる漢方を大成したのです。
 漢方の真髄である古典を大切にし、古典から多くを学ばれた柴田先生は、「古典はいつも新しい」とよくおっしゃっていました。
 996処方もの漢方処方を収載する先生の書「黙堂柴田良治処方集」の編集には寿元堂薬局がたずさわらせていただきました。